FC2ブログ

インド旅行記 ブッダガヤへの道2

ブッダガヤでは、今回インドを案内してくれているナビンの家に、三日間ホームステイさせていただくことになっています


ナビンの家には5時に到着する予定だったのだけど・・・



とんでもないアクシデントで、もしかしたら、今夜は車の中で過ごすことになるかも


ホテルを出て4時間、やっと半分の道のり・・・と思っていたら



政府に抗議する人々の反抗ストで道路が塞がれ、まったく動けない状態



どうも近々選挙があるらしく、そういう時しか一般市民の声は届かないみたい



そういえば、窓の外にそれらしき看板


DSCN0627_convert_20130303113855.jpg


インド全土で一斉におきているらしい



案内していたナビンも車の外に出て、抗議デモのメンバーの説得にあたる


説得を終えて帰ってきたナビンの口から出た言葉は

「ここまでのストは初めて。今日中に解決は無理かも・・・・」



インドに発つ前に、アルジェリアの人質事件があったばかり

否応なく恐怖が襲うはず・・・・・


が・・・・人間って不思議ですね


恐怖よりもトイレが先立つってことを知りました



一緒の同乗していた女性群、皆、「この際、野っ原でも用をたせる!」


しかし、インドの女性でもこんなに周りに多くの人々がいる場所では用をたせない、と言うナビンを説得


この不穏な空気の中、近くの民家の一角をお借りしての強行


DSCN0488_convert_20130303121416.jpg



追い詰められたら、何でもできる!

貴重な経験



その後も不思議と恐怖は起こらず


ストに巻き込まれてから、4時間たち、5時間たち・・・・


今度はお腹がすいてくる



このままここで夜を明かすのはかまわないが、食糧が全くないのは困った


すると、ストに巻き込まれた他の車の中から、韓国の人からカップめん、中国の人からお湯。

感動です!!

DSCN0628_convert_20130303113919.jpg


貴重な食料!!



しかし・・・・カップの表面には「辛い」の文字


辛いのが超苦手な私は思わず息をのむ


しょうがない!ソース無しで、お湯だけで食べちゃおう!!


一人が持っていた塩が唯一の調味料



これがまた、ものすごくおいしぃ~。




日本では絶対味わえない経験。国や言葉を超えた人と人との温かさで胸もいっぱいになりました。



その後根気強く説得するナビン達のおかげで、どうにか解除


ナビンの家に着いたのは結局夜中



後で知ったのだが、南インドでは暴動になり多数のけが人も出たとか




生きて辿りつけたことに感謝

インド旅行記 ブッダガヤへの道1

インドに着いて最初の数日間は、カルチャーショックの連続でした


日本での常識がまったく通用しない世界


信号機の無い道路 むちゃくちゃな追い越し

けたたましいクラクション


道路は人と車とリキシャー、バイク、よく事故が起きないものだと感心するくらいごった返している

DSCN0382_convert_20130302165744.jpg








突然、車の脇をゾウが・・・これにはびっくり!!






DSCN0185_convert_20130302165821.jpg




道端にはゴミが散乱し、いたるところにいる野良犬

それよりも驚いたのは車の間をゆうゆうと歩きまわる沢山の牛

それらの牛も野生らしい

インドでは牛は神聖な生き物として崇められているため、車も避けて通ります



仲良く昼寝している野良ぶたのショット

DSCN0737_convert_20130302164811.jpg



インドでは誰も動物に攻撃したりしないので、動物の方も皆穏やかでのんびりした感じです


動物愛護という高い目線からではなく、人間と動物が対等に暮らしている光景は、考えさせられるものがあります




この後、ブッダガヤまで車で10時間の道のり・・・・


トイレの汚さはさることながら、どこにでもトイレがあると思ってはいけないのがインドです


長い道中、でこぼこの道に何度も嫌というほどお尻をぶつけ続ける痛さよりも

その間、トイレがなかなか見つからなかった事が苦痛



インドの田舎では女性も男性も皆、外で用を済ませるらしい

さすがにまだ日本から来て数日目、そこまでインドの習慣に馴染めない


ガソリンスタンドで聞いてみるもののなかなか見つからず・・・・


DSCN0622_convert_20130302174709.jpg





ところが、ホテルを出発して4時間後、突然車が前に進めなくなりました


何と!道路前方に大型トレーラーが横付け




政府に対しての抗議行動らしい



なにやら不穏な空気





前にも、後ろにもどんどん後続の車が詰まりだす


前進することも、後退することも、脇道にすら抜けられない硬直した状態




日本人が珍しいのか、車の外から覗き込む人々・・・・


ロックはしているものの、ドアを開けて入ってこようとする人も・・・


かなりやばい状況!





・・・・・・次回へつづく

インド旅行記 苦行の地

ブッダのお話にお付き合いください


生まれて七日目に母親を亡くしたブッダは、その後母親の妹であるマハープラジャーパチィーによって養育されます

その後も、釈迦族の王子としてブッダ(ゴータマ・シッダールタ)は何不自由ない生活を送ります



しかし、

「宮廷の栄華も、すこやかなこの肉体も、若さも、結局この私にとって何であるのか」

「人は必ず病む。いつかは老いる。死を免れることはできない」

「若さも、健康も、生きていることも、どんな意味があるというのだろう」


子供のころより感受性の強かったブッダは、宮廷の歌舞管弦の生活の中にあっても、そのような苦悩から逃れることが出来ずにいました



そして、ついに29歳の時、住み慣れた宮殿から密かに出て出家します


宮殿を出たブッダが出家後、苦行をした場所がこちらです


多くの仙人が修行をした場所と言うのがわかります

車がこの場所に近づくにつれ、鳥肌が立つような霊気が襲ってきます


DSCN0937_convert_20130302153702.jpg

ものすごいパワーです

DSCN0946_convert_20130302152941.jpg


ここはまだ道路の整備が進んでおらず、ほかのブッダ所縁の地に比べ、訪れる観光客はまだそう多くはありません


だからこそ2500年経った今でも、エネルギーは残存しています




しかしブッダは、最終的には苦行で肉体を苦しめても覚りの道は見つからないという考えに辿りつきます


難行苦行でやせ衰えたブッダは近くに住むスジャーターという娘から乳粥を受けて健康を取り戻します



そのスジャーターが住んでいた村は今はスジャーター村として残っています


村の中心にスジャーター・テンプルとして祭られています

DSCN0974_convert_20130302155535.jpg


スジャーター村から見えるブッダ苦行の山です

DSCN0994_convert_20130302155510.jpg




この後、ブッダは静かに菩提樹の樹の下に座り、命をかけて最後の瞑想に入ります

そしてついに覚りをひらきます


次回はブッダが覚りをひらいた地とされる、ブッダガヤにある世界遺産マーハーボディ寺院です





感謝

インド旅行記 ルンビニー

仏教の教祖 お釈迦様の生涯を辿る旅

まずは 生誕の地「ルンビニー」です


ルンビニーはインドではなく、隣国ネパールにあります


今から2500年くらい前  インドの釈迦族の都、カピラヴァスツの国の王子としてブッダは生まれます


生まれた地が一族の地と違っているのは、母親のマーヤー夫人は臨月を迎えると出産のために、夫人の生家であるコーリヤ族の国へ向かう途中、ここルンビニーの地で急に産けづき、この地でブッダを出産します





いざ!お釈迦様の誕生の地へ



車はインドからネパールへ入国

DSCN0475_convert_20130302123502.jpg


入国する際にはビザが必要です


ネパール国境にあるビザの申請所で手続きをするのですが・・・

この国境のゲート・・・ココがインドーネパールの国境?!と思えるほどの造り


知らない人は絶対見過ごしてしまうようなゲートです



ここで待つこと一時間以上・・・


やっと手続きが終わり出発



インドを楽しむためには時間を気にしない これが必須条件ですね



ルビニー聖園の駐車場から聖域までは車は入れません

歩いてもいいのですが、今回はリクシャーを初体験

DSCN0500_convert_20130302134126.jpg


意外とスリルあります

ガタガタ道を飛ばす飛ばす・・・振り落とされないようにしがみついてました



ルンビニー聖園は聖域です そのため入園は裸足です

DSCN0510_convert_20130302134849.jpg

これがなかなか気持ちがいいんです






聖園の中央に建つマーヤー聖堂

DSCN0518_convert_20130302123546.jpg

とにかく気持ちの良いエネルギーに満ち溢れた場所です


時間の許す限り この地のエネルギーに抱かれて瞑想させていただきました



清らかな魂の再生を促す そんなパワーが全身に降り注ぐ すばらしい場所でした




この地に来れたことに感謝です

インド旅行記 タージ・マハル

インドでまず最初に訪れたのがアーグラーにあるタージー・マハル





DSCN0219_convert_20130302102621.jpg



 インドの白い宝石


その美しさは ただただ圧倒です



この季節には珍しく雨のタージ・マハルでしたが それはそれで、幻想的な世界を醸し出していました







タージ・マハルは、マハル(宮殿)と呼ばれていますが

ここは、ムガル帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンが、熱愛した妃ムムターズ・マハルのために造ったお墓です



妃が亡くなったのは、1631年

その死を悲しんだシャー・ジャハーンは妃への愛を込めてこのタージ・マハルを建設しました

世界各地から貴石と職人が集められ、天文学的な費用を費やして、22年後の1653年に完成します





その後シャー・ジャハーンは、タージ・マハルの背後を流れるヤムナー川の対岸に、黒大理石で自分の墓を建てる計画をしていました


しかし、さすがにこのままでは国が潰れてしまうと考えた息子が強硬手段に出たのでしょう

結局は自分の息子に幽閉されることとなり、実行することは出来ませんでした



ここアーグラー城がシャー・ジャハーンの幽閉された城です

DSCN0239_convert_20130302102748.jpg



幽閉と言っても城から出ることは出来ないだけで、城内は自由に行動できたみたいです

その上、幽閉されたアグラー城からはヤムナー川を挟んでタージ・マハルが望めます



DSCN0236_convert_20130302102654.jpg



国のためにやむなく父親に対して反乱を起こした息子の心情が感じられますよね



その後、シャー・ハーンはタージ・マハル内の妃の墓の横に埋葬されます






タージ・マハル・・・ なんとも 世界最大級の愛の表現ですね




感謝






プロフィール

YUMI

Author:YUMI
熊本を拠点に活動している
スピリチュアルカウンセラー

logo.gif
スピリチュアルカウンセラーYUMIオフィシャルHPは
こちらから


img094.gif 詳しい自己紹介はこちら

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
訪問者数